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木村スノピ個展

姪っ子の木村スノピの個展に行ってきました。
東京の渋谷の OPA gallery で!

とってもやさしさあふれる絵です。
11月22日まで。
機会があれば、足を運んでください!!

木村スノピ個展1

木村スノピ個展2

木村スノピ個展3

木村スノピ個展 妻と3人で

第67・68回 東照寺写経の会

東照寺写経の会
 10月18日の参加者 14名。
 11月 9日の参加者 16名。

2回分のご報告です。
「 先月は何かと忙しく 」 という言い訳で・・・。

9月は 「 今年の夏は特別の暑さ 」 と言いましたが、10月・11月とストーブを焚いてとなりました。
今日、11月13日には兵庫県にも初雪とのニュースが流れていました。
四季の変化の速さにビックリです。

さて、10月・11月の法話は、参加者から希望のあった 「 玄奘 ( げんじょう ) 三蔵法師について 」

2023.11.9 写経の会


天竺 ( インド ) へお釈迦様のすべての教えを中国に持ち帰り、仏の正しき教えを広めたいとの願いを実践された方。
また、国を出るという国禁を犯した指名手配人の身となり、砂漠あり雪山あり、盗賊などいろいろな困難を乗り越えて、3万キロとも言われる苦難の旅を遂行した方。
そしてまた、多くの持ち帰った経典を翻訳された方。
そんな、玄奘三蔵法師についてです。

玄奘三蔵 602年 ( 諸説あり ) ~ 664年

三蔵 ” とは
「 経蔵 」 仏の説法をまとめたもの。
「 律蔵 」 仏徒の戒律をまとめたもの。
「 論蔵 」 経典の注釈研究をまとめたもの。
この3つ全てに精通し、翻訳ができる僧侶にのみ皇帝から与えられる敬称。
三蔵と称されたのは玄奘だけではありません。日本人でも唯一 霊仙三蔵がいます。有名ではありませんが・・・。

西域・天竺 ( インド ) の遍歴を記した 『 大慈恩寺三蔵法師伝 』 を参考に話をしました。
2回で、長安を出発から高昌国までの苦難の旅の部分です。

10歳で父を亡くし仏門に入り、20代で中国にある仏典をマスター。
しかし、今の中国の経典は欠損があり、異訳があふれ、解釈もいろいろで、学ぶほどに矛盾を感じた。
原典であるサンスクリットの経典を学びたい! お釈迦様の歩んだ仏跡を巡礼したい!
そして、自国にお釈迦様の正しき教えを広めたい!

この一貫した熱き思いが、長く苦難多き旅の原動力となった。

旅立ったのは 玄奘 27歳の時ですが、

最初の苦難は、出国の許可が下りないこと。
隋が滅び、唐王朝が成立したばかりで、国内の情勢が不安定という理由。
しかたなく、国禁を犯して密かに出国。指名手配人の身となるのです。

涼 ( りょう ) 州では、役人の李大亮 ( りたいりょう ) 都督に長安に帰るよう迫られ、仏教の長である 恵威 ( えい ) 法師の助けで難を逃れるも、それからは、昼は隠れて夜間のみ移動するという日々が続く。

瓜 ( か ) 州 ( 唐の国の国境、最西端の町 ) では、刺史 ( しし ) の独孤達 ( どっこたつ ) は、玄奘を喜んで丁重に扱ったが、涼州から玄奘を捕まえて長安に戻すようにとの文書が届く。
瓜州の役人 李昌は、玄奘の熱き思いを聞き、この文書を破り捨てて逃がすのです。

瓜州からの旅に、石槃陀 ( せきばんだ ) という案内人が付くが、莫賀延磧 ( ばくがえんせき ) という砂漠を越えるのは無理だと玄奘を引き留める。しかし、頑として歩みを辞めない玄奘は、それからはただ一人、砂漠の中を進む。

瓜州から先は五つの烽火台 ( のろしだい ) があり、兵隊がいる。見つかれば殺される。
第一烽火台で見つかるも、玄奘の熱き思いを聞き、守備隊長の王祥 ( おうしょう ) は、叔父のいる第四烽火台に行くように勧め、そこでも援助を得、大きな水の皮袋を受け取り大砂漠地帯へと向かうのです。
途中、大切な水の皮袋を落としてしまい、5日間、水なしで意識も朦朧となりながら、なんとか野馬泉にたどり着き一命をとりとめた。
「 莫賀延磧でのこれらの危難は無数で、詳しく書くのは不可能である 」 と記している。

その後、莫賀延磧を抜け出し、伊吾 ( いご ) に到着。
伊吾国で歓待を受ける中、高昌国王 ( トルファン王 ) 麴文泰から招かれる。
予定にはなかったが、伊吾王の願いもあり、慇懃なる願いに辞退はできなかった。

高昌国に真夜中に着いたにもかかわらず、王みずから宮殿を出て迎えた。
王は、玄奘の来訪を喜び、涙を流して称嘆して止まなかった。
十数日後に出発を願うと、王は国師として留まるよう懇願する。
しかし、玄奘は断固として頷かなかったため、ついに王は怒り、「 出発できるかどうかは私が決めること。高昌国に留めるか唐の都に還らせるか私が決められるのだ 」 と。

玄奘は自らの熱き思いを語り、断食でその心を王に示した。
端座したまま、3日間、あらゆる水漿を取らなかった。
4日目、弱られた法師の姿に、王は深く恥じ、謝罪し、天竺への旅を許可した。

条件として、天竺からの帰りに3年間留まること。
出発までの1ヵ月間、講義している間に、王は、これからの旅のための服などを準備した。
また、玄奘が講義のため法座に上るとき、玄奘に背を踏ませ踏台になったという。
さらに、玄奘と兄弟の契りも結んでいる。

■ 玄奘が出発にあたって、高昌王は次の品々を贈った ■
 往復20年の費用として、黄金 100両、銀銭 3万枚
 綾および絹 500疋  法服 30具
 その他に 面衣、手袋、靴、足袋 各数個ずつ
 馬 30頭、人夫 25人を支給

西域24か国への紹介状を書き、高昌王と兄弟である玄奘を大切に扱い、各国が次の国まで送るように要請した。
このように沢山の物資の支給や、隣国への紹介状を持たせるというのは、高昌王 麴文泰がいかに玄奘を大切にしたか想像できます。

高昌国王との出会いが、今までの不安定な一人旅から大勢のキャラバン隊となり、大きな転換を迎えるのです。


2か月分であり、出来事を書き連ねたため長文になってしまった・・・。

第66回 東照寺写経の会

9月7日の 「 写経の会 」
参加者 22名。

今月の法話は、 「 舎利礼文 ( しゃりらいもん ) 」 の解説。
6月にお経の意味などを知りたいとの要望があり、前回もチョットだけお話しました。

72文字 ( 四言十八句 ) で、般若心経 ( 276文字 ) の 約1/4
しかし、その内容は実に簡潔に大乗仏教の主旨を示しています。
曹洞宗では、枕経や葬儀、火葬・納骨、法事の時にも読む場合があります。
また、他の宗派でも読まれますので、耳にする機会が多いことでしょう。

それでは、お経を読み、意味合いを読み取っていきましょう。

舎利礼文 ( しゃりらいもん )
  お釈迦様の遺骨を礼讃するお経

一心頂礼 ( いっしんちょうらい )
  心から礼拝いたします。
万徳円満 ( まんとくえんまん )
  よろずの徳が十分に具わった
釈迦如来 ( しゃーかーにょーらい ) 
  お釈迦様に。
真身舎利 ( しんじんしゃーりー )
  お釈迦様のお骨と
本地法身 ( ほんじーほっしん )
  お釈迦様の真理を説いた教えと
法界塔婆 ( ほっかいとうばー ) 
  お釈迦様を礼拝する供養の塔などの全てを。
我等礼敬 ( がーとうらいきょう )
  私たちが敬い礼拝すれば
為我現身 ( いーがーげんしん )
  お釈迦様は私にお姿を現し
入我我入 ( にゅうがーがーにゅう ) 
  お釈迦様が私を包み込み、私はお釈迦様と一体になれるのです。
仏加持故 ( ぶつがーじーこー )
  お釈迦様が私を守ってくださるが故に
我証菩提 ( がーしょうぼーだい )
  私は心安らかな悟りを得られるのです
以仏神力 ( いーぶつじんりき ) 
  お釈迦様の例えようもない偉大な力によって
利益衆生 ( りーやくしゅーじょう )
  私たちは、利益、しあわせを感じられるのです。
発菩提心 ( ほつぼーだいしん )
  悟りを求める心を起こし
修菩薩行 ( しゅうぼーさつぎょう )
  他者の利益を先とする菩薩の行いを実践すれば
同入円寂 ( どうにゅうえんじゃく )
  自他共に心安らかな世の中となるのです。
平等大智 ( びょうどうだいちー )
  このように、差別することなく平等で大いなる仏さまの智慧に対し
今将頂礼 ( こんしょうちょうらい )
  今まさに礼拝いたします。

2023.9.7 お釈迦様

自分の命が、素晴らしい仏の御子であると気づき、それを教えてくださったお釈迦様に感謝の礼拝を捧げれば、この世の中が自他ともに救われる仏の世界となる。そのことを教えてくださっているお経です。
お釈迦さまをお慕い申し上げ、遺骨をはじめ、心からお釈迦様の存在全てを礼拝するお経なのです。
読むだけでなく、礼拝という行為が伴って初めて意義あるものになると思います。

写経とハンドマッサージ講習

7月19日(水) “ 東照寺写経の会 ” の後に、午後から “ ハンドマッサージ講習会 ” を本堂で行いました。
講師は 中山町の 今野有希子さん ( 隠れ家サロン それいゆの家 )
手作り生活を楽しみながら、完全予約制の自宅サロンをされています。

最初はセルフマッサージ
“ 自分にお疲れ様を! ” ということで、毎日いつでも働いてくれている自分の手に 「 おつかれさま ありがとう 」 の言葉を掛けながらのセルフでのマッサージ。
 手のもみほぐしは、血行促進や体全体のリラックス効果があるということで、まずは、左の手と腕を右手でマッサージ。数分のマッサージ効果が、両腕の色の違いにハッキリと出ました。
 1時間弱のセルフマッサージには、私も含め20名程。

その後、事前申込者(6名限定)に個別ハンドマッサージ(一人10分程度)

自分の体に自分でお疲れ様と思いながらマッサージするのっていいものですね~。
自分を大切にするのは、単に体を大切にするというだけでなく、今、生きていられることに感謝することにもつながるような・・・。

2023.7.19 セルフハンドマッサージ
セルフハンドマッサージ

2023.7.19 個別ハンドマッサージ
個別ハンドマッサージ

2023.7.19 ハンドマッサージ 昼食料理
午前中の 「 写経の会 」 の後なので、昼食も準備しました。
4名の方にお手伝いいただきました。
ありがとうございます。

2023.7.19 ハンドマッサージ 昼食会 1
昼食もいろいろな情報が飛び交いますね~

2023.7.19 ハンドマッサージ 昼食会 2
おいしく食べてもらえたようです。

第65回 東照寺写経の会

7月19日の 「 写経の会 」
参加者 24名。

今回の法話は
先月 “ 『 仏遺教経 』の最終回!! ” ということでお話を終えたわけですが、私の中にまだ伝えきれていないという思いが強く、今回も20分ほどお釈迦様の遺言であるお経から受け取るべきことを語らしてもらいました。

お釈迦様が最後の最後に伝えたかった事は
「 人生は四苦八苦の苦しみに満ちている 」 というのが大前提ですが、私たちはこの世にありがたくも不思議なご縁によって人間というすばらしい命をいただいた。その最も勝れたすばらしい人間だからこそ、お釈迦様は “ 八大人覚 ” を示され、自分の精進・努力により苦しみの世界から逃れられると信じて実践しなさいと示されたのです。
お釈迦様の現世での最後のお言葉はとてもとても重いものです。
知識としてだけでなく、少しでも実践していきたいものです。


そして、今回は、先月の茶話会の折に、 「 次回からの法話で聞きたいことなどないですか? 」 とたずねたところ、 「 舎利礼文を教えて欲しいです 」 と、手が上がりました。 「 舎利礼文 ( しゃりらいもん ) 」 というお経は72の漢字でできていて、とても短いお経です。
残り時間が少なかったために、「 舎利礼文 」 のお経と、直訳と意訳をプリントしたものを配付し、意訳を中心にお話をしましたが、深い意味合いは、次回、9月にお話することにしました。

2023.7.19 写経の会 1
今回は全員女性でした!

2023.7.19 写経の会 2
座布団に正座する方は少ないですね~

2023.7.19 写経の会 茶話会
写経終わってからの “ 茶話会 ” 今回、ほとんどの方が残って参加してくれました。
いろんな話が弾みます。
プロフィール

zenzen1213

Author:zenzen1213

山形県尾花沢市にある
曹洞宗寺院の住職です

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